太平洋戦争後に奇跡的な戦後復興を遂げ、日本のGDPが世界第2位となった高度経済成長真っ只中の50年前、日本では企業の利益のために刻苦精励働き、「モーレツ社員」「企業戦士」とも呼ばれたサラリーマンが企業や社会から重宝された。高度経済成長後の1979年には、EC(ヨーロッパ共同体)事務局が委員会に報告した「対日経済戦略報告書」で「日本は、ウサギ小屋としか思えないようなところに住む仕事中毒者の国だ」と書かれた*1。そして、バブル時代真っ只中の1980年代末には、栄養ドリンク「リゲイン」のCMのキャッチコピー「24時間戦えますか」が流行した*2。日本は高度経済成長期からバブル期にかけて、「社畜国家」として、世界で名を馳せていたのだ。
そしてバブル崩壊から30年以上が経過した現在、日本の労働環境は大きく変化した。特に2002年に過労死(Karoshi)が英語の辞書に掲載されるなど、日本の長時間労働文化に対する批判が年々高まり、2019年には70年越しの労働基準法の大改正となる働き方改革関連法が施行された*3。具体的には時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得が義務化され、違反に対し罰則が付くようになった。
しかしながら、施行から間もなく5年が経つ現在も、世界からの日本の就労に対するイメージのコメントとして頻繁に挙げられるのは以下のようなものである。
"労働時間が長い"
"働きすぎて駅で倒れているサラリーマンがそこら中にいる"
実際、数値としての実労働時間は減っていないのか?また、他国と比べて依然日本の労働時間は長いのか?
働き方改革関連法施行直前の2018年から現在まで、日本を含むG7(カナダを除く)のフルタイム労働者の年間平均労働時間を示したものが以下のグラフである。
図1:G7(カナダを除く)のフルタイム労働者年間平均労働時間*4
2018年時点で、既にG7(カナダを除く)諸国の中で労働時間は一番短かったが、2022年までに更に平均労働時間は減少しており、6か国で唯一年2,000時間を切っている。この数値だけ見ると、日本は世界からのイメージとは真逆の労働環境であることが分かる。
次に、日本・イギリス・ドイツ・フランス・イタリアの祝日および年次有給休暇についてみていく。当数値をまとめたのが以下の図2である。
図2:日本・イギリス・ドイツ・フランス・イタリアにおける週休日・週休日以外の休日・年次有給休暇平均取得日数*5
図2を見て分かる通り、日本は週休日以外の休日が多いが、年次有給休暇平均取得日数が少ない。結果年間休日数合計は、上記5カ国内ではイギリスに次いで少ない。しかし、他国に比べて大きな差があるのかと言われればそうでもない。フランスやイタリアとの差は、せいぜい3日~4日である。
この2つのデータから確かに言えることは、日本は労働時間は少なく、本来他のG7諸国と比べて比較的「ホワイト」な労働環境を持った国である。にも拘わらず、未だに先述したイメージが消えない理由は、この年次有給休暇平均取得率の低さに原因があるのではないか。それにより、休日数が少ないという感覚が日本人に強く蔓延っており、その感覚が世界中のメディアを媒介として世界中に伝播されているという可能性が高い。
この「社畜」イメージを打破するには、労働者サイドが上記の事実をもっと知り、もっとホワイトな環境で働けていることを意識できるよう、政府及び企業サイド上記の数値を積極的に広めていくことが必要である。また、労働者サイドがより普段から余裕を感じて仕事ができるよう、週休日や年次有給休暇の設計もテコ入れするべきである。このテコ入れによって現状の日本の労働環境のイメージを変えていくことは、少子高齢化に陥る日本が世界中のタレントからのアテンションを集める上でも非常に重要であると考える。
「ホワイトな国、日本*9」
その姿に賛否両論はありつつも、今後世界中のタレントを日本に集める必要がある日本にとっては、確実に目指すべき姿である。官民が一体となって取り組み、皆が幸せに働けるような環境を創っていけることを願うばかりである。
(編集:Jelper Club編集チーム)
出典・注記
1.「【第11回】昭和54年(1979)」(マイナビBOOKS):https://book.mynavi.jp/ebooks/detail_summary/id=47322
3. 「70年ぶりの大改革は過労死の歯止めとなるのか」(産経新聞):https://www.sankei.com/article/20180629-JVV6IDZHPVP67FNELLDBUZNNYM/
4. ” Average usual weekly hours worked on the main job” (OECD); “Monthly Labour Survey” (Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan); “American Time Use Survey—2022 Results” (United States Department of Labor); 1年を52週間と仮定し、1週間の労働時間を52倍し算出; 2020年のアメリカの労働時間データは、元データで欠落しているため、非表示
5.「データブック国際労働比較2023」(労働政策研究・研修機構(JILPT)):https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2023/documents/d2023_ch6.pdf
6. 年間の「日曜日」及び「土曜日」の日数(週休二日制を想定)。
7. 日本は土日に当たる祝日を除き、振替休日を含む。欧州は日曜日の祝日を除く。
8. 「2022年就労条件総合調査」(厚生労働省); "Working time in 2019–2020" (Eurofound); 繰越日数を含まない; 各年の日本の年次有給休暇平均取得日数=各年年次有給休暇平均付与日数×平均取得率(2021年)。各年のイギリス・フランスの年次有給休暇平均取得日数=法定の最低付与日数×平均取得率(2021年)。各年のドイツ・イタリアの年次有給休暇平均取得日数=労使協約で合意した平均付与日数×平均取得率(2021年);日本:常用労働者が30人以上の民営法人が対象。2022年調査による2021年の平均取得日数は10.3日、取得率は58.3%。; 民間旅行会社エクスペディアのアンケート調査による各国の2021年の取得率は、イギリス84%、ドイツ93%、フランス83%、イタリア77%(出典:エクスペディア有給休暇国際比較調査(2022.3)); なお、アメリカについては年次有給休暇が連邦法上規定されていない。民間部門の平均付与日数は、2010~2022年まで各年8日間(出所:アメリカ労働統計局 (BLS)(2022.9)2022 Employee Benefits in the United States)。上記エクスペディア調査による取得率は80%。
9. 「「働き方改革」の実現に向けて」(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html