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"日本の給料は安い"は事実か

更新日:7月23日

1.イントロダクション


「日本 給料 安すぎ」「日本 給料 安い」「日本 給料 上がらない」


「日本 給料」で検索を試みると、必ず候補の上位に出てくるのが上記のワードだ。

事実、先日厚生労働省が公表した2023年10月の毎月勤労統計調査によれば、日本の実質賃金は前年比で2.3%減少し、19カ月連続のマイナスとなった*1。世界と比較してみると、2022年の段階で、日本の年間平均賃金はOECD平均値よりも低く、OECD全体ではスペインに次いで25位*2である。本数値は名目賃金を購買力平価(PPP)で調整しており、ドルベースではあるものの、物価を考慮した数値となっている。


図1: Average wages (Wage)


日本の賃金は低いとされている図

そんな賃金情勢下において、日本国内では給料に関する関心が徐々に高まっている(図2参照*3)。また直近ではワーホリ(ワーキングホリデー)と呼ばれる、主に就労を目的とした海外への長期滞在が流行している。例えば、Gooogle Trendで「ワーホリ」の検索数はコロナ以後アップトレンドにある(図3参照*4)他、直近では2023年のオーストラリアにおけるワーキングホリデービザ発給数(日本国籍保有者)が過去最高値を記録した*5。円安下において、ワーホリで稼いだ金を貯蓄し円両替することで、日本でパートタイムとして働くよりも遥かに高い金額を稼ぐことができるのが大きな魅力の一つだ。


図2: Google Trend 「日本 給料」


図3: Google Trend 「ワーホリ」


確かに、OECDのデータにおける日本の給与は低い。

しかしながら、海外に頻繁に訪れる、或いは海外に多くの友人がいる日本人ならば、以下のような疑問を抱くだろう。


"欧米の物価はかなり高く、事実多くの在住者の生活のクオリティが日本のそれよりも低いのになぜ、日本より欧州各国の購買力平価ベース賃金が高く表示されるのか?"


実際、欧米の一流企業で働いている人でも、外食は殆どしない(できない)、通勤は自転車或いは徒歩(電車やバスは高くて乗れない)、フラットを他人とシェアする、など、日本人の視点からしてみても極端に支出を抑えているような例を多く見受ける。

そこで、当疑問を解消すべく、本記事では「日本国内における日本の対物価賃金は、他国のそれと比べて本当に低いのか?」という問いに対する解を導くため、弊社で独自調査・分析を行った。


2.ベーシックメソドロジー*a


まず大前提として、世界中のメディアが引用している上記のOECDの年間平均賃金データについては、特に購買力平価による調整ロジックにおいて不明確な点が散見されることを否定できない。例えば、厚生労働省の資料において本データが引用された際、この不明確な点に関する言及がなされている*6 続いて、年間平均賃金が、本問いの実態を確かめる上でそもそも有用なのかという点にも疑問を向ける必要がある。年間平均賃金は時給×労働時間に分解できるが、特に労働時間という変数については、問いの趣旨である「自国内物価に対する賃金の高低」を測る上でノイズとなりうる*bため、時給に目を向ける必要がある。そこで、PPP調整前のデータを用いて各国の時給を算出し、その時給を各国の物価インデックス(対NY物価)で除する(すなわちNYの物価水準下と仮定した際の各国の時給を算出)こととした*c

そして、比較対象国としては、様々なメディアで比較対象に挙がるG7諸国(カナダを除く)を選択する。

最後に、各国の物価インデックスについては、Numbeoが発表している"Cost of Living Plus Rent Index by City 2023 "のデータベースにおける各国内物価上位3都市の平均物価インデックスを使用する。なお、引用元のデータに3都市分のデータが存在しない国の場合は、データに存在する都市の物価インデックスの平均物価インデックスを利用する。


3. 調査結果


図4: 同物価水準における平均名目時給推移(2018-2023年)

2023年の同物価水準における日本の平均名目時給は、G7(カナダを除く)の中でアメリカ(USD37.1)に次ぐ5番目のUSD32.0であり、最下位はイタリアのUSD31.7、トップはドイツのUSD43.9。また、過去5年間を振り返ると、日本は新型コロナウイルスの感染拡大以前までは3位に位置しており、2020年には2位のフランスに肉薄したが、2021年に全体の5番目まで順位を下げ、現在まで5位のまま変動はない。なお、ドイツは首位の座をキープし続けている。


4. 考察


結論から言えば、コロナ後の日本国内における日本の対物価賃金は、他国のそれと比べて低いが、特段低いということもない。

事実、2018年の対米比は+13.7%で、2023年は-13.6%であり、5年前の2018年時点において、アメリカは現在の日本のような立ち位置であったことが分かる。にも拘らず、2023年現在と比べて、2018年にアメリカの給与が国内物価と比べて低いといった声は特段なかった(図5参照*7)。よって、2021年・2022年の数値に対する意見であればまだしも、現段階で、"アメリカは給料が高い国・日本は給料が安い国"、と一概に決めつけるには一考の余地があるだろう。


図5: Google Trend 「US Salary Low」


なお今後の話で言えば、2024年の春闘では2023年以上の賃上げ率になることが予想されており*8、2025年後半にかけて、実質賃金が安定的に+になるという見通しも出ている*9

また、2023年の同物価水準における日本の平均名目時給は、前年比で+13.1%と、2018年~2020年の同値のCAGR+7.3%をアウトパフォームしており、当値の回復スピードは目覚ましいと言える。本傾向や先述の実質賃金上昇予想を踏まえると、今後はG7内の上位に食い込む可能性も十分に考えられる。


5. まとめ


改めて本問に立ち返ろう。

「日本国内における日本の対物価賃金は、他国のそれと比べて低いのか?」


本問に対する回答としては以下の通りである。

「2021年、2022年は低かったといえるが、今年(2023年)は低くない」


国内メディアをはじめ、至る所でOECDの平均賃金の数値が取り上げられ、酷評される傾向にある日本の賃金であるが、状況は回復しつつあり、今後は明るい見通しも待っている。そのため、日本の将来に賃金面で不安を抱えている学生や、海外人材の採用において給与面で自信を失っている企業担当者は、日本という国に対する期待や自信を高めてほしい。

弊社としても、本レポートがそういった方々の判断材料の一助となれば幸甚である。


(編集:株式会社Jelper Club)


1. 毎月勤労統計調査(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1.html 2.平均賃金(Average wage):https://www.oecd.org/tokyo/statistics/average-wages-japanese-version.htm 3・4・7. Google Trend(Google):https://trends.google.com/trends/

5. Why Japan’s young are working in Australia in record numbers (The Australian Financial Review): https://www.afr.com/world/asia/why-japan-s-young-are-working-in-australia-in-record-numbers-20231130-p5eo0w

6. G7各国の賃金(名目・実質)の推移(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/21/backdata/column01-03-1.html

8. 春闘2024要求は? 賃上げ5%以上 定期昇給分含む 連合が方針固める(NHK):https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20231018b.html

9. 2024年の物価・賃金、金融政策展望(10月CPI)(NRI):https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2023/fis/kiuchi/1124


a. 算出ロジック

・物価水準=New Yorkの物価水準; 物価:New Yorkと比較した際の各国の民需品+家賃のUSドルベース金額のインデックス

・同物価水準における平均名目時給=①就業者数(フルタイム)×②平均年間名目賃金(フルタイム:各国通貨の各年値÷各年の対ドル為替平均値(2023年は11月までの平均))÷③平均年間労働時間(フルタイム)÷④物価インデックス×100; 2023年の値は推計値:④についてはNumbeoのデータを引用、①、②、③については2018年~2022年の各CAGRを2022年の各値に乗じ算出(日本の③:1~9月までの合計×4/3);アメリカの2020年の ③: United States Department of Labor においてデータが欠落しているため未掲載; ④各国の物価インデックス:各年の各国物価インデックス上位3都市の平均物価インデックスを使用(引用元のデータに3都市存在しない国の場合(1都市を除き物価インデックスが低い場合)は、データに存在する都市の物価インデックスの平均物価インデックスを利用)

※出典

・Average annual wages (indicator) (OECD)

・Average usual weekly hours worked on the main job (OECD)

・FTPT employment based on national definitions (OECD)

・Cost of Living Plus Rent Index by City 2023 (Numbeo)

 ・毎月勤労統計調査(厚生労働省)

・American Time Use Survey―2022 Results (United States Department of Labor)

・Exchange Rate Archives by Month (IMF)


b. 労働時間の独立変数として、政府の規制や企業側が課す労働時間の他に、個人の意思も含まれるため、本問いの解を算出する上では論理的に不適切という意。


c. 対NY物価のインデックスを算出するため、物価が二重変数にならないよう、時給数値は名目値を使用することとする。

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