データサイエンスと人工知能(AI)は、21世紀の技術革新の最前線に立つ分野である。これらの技術は、私たちの生活のあらゆる側面に変革をもたらしている。医療診断の精度向上から、自動運転車の開発、さらには個人向けの金融アドバイスの提供に至るまで、AIとデータサイエンスの応用範囲は日々拡大している。
日本は、この技術革新の波に乗り、独自の方法でAIとデータサイエンスの発展を推進している。「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」を目指す「Society 5.0」という国家戦略のもと、日本はスマート社会の実現のため、AIとデータ技術を社会のあらゆる層に統合しようとしている*1。この取り組みは、日本の強みである製造業の精密さと、最先端のデジタル技術を融合させる試みとして、世界的に注目を集めている。
また近年、日本全体でデータサイエンスやAI分野の需要が高まっており、Jelper Clubにおいても多くの企業がAIやデータサイエンスのポジションの募集を掲載している。本記事では、日本のデータサイエンスやAI分野の発展、そして実際に当該分野でのキャリアを検討する際に必要な情報について解説する。
1 日本の技術風土とエコシステム
1.1 政府の方針と支援
日本政府は、AIとデータサイエンスの発展を国家戦略の中核に位置付けている。
Society 5.0: 日本の目指す社会像「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」として提唱された*1。サイバー空間とフィジカル空間の融合を実現手段として位置付けており、IoT、ビッグデータ、AIなどの最新技術を有力なドライバーとして活用することで、経済発展と社会的課題の解決を両立させることを目標としている。
AI戦略: 内閣府はAIの研究開発から社会実装までを包括的に推進するために科学技術・イノベーション推進事務局AI担当を設置し、有識者を招いたAI戦略会議定期的に開催している。直近2024年7月19日開催の会議では生成AIと日本の親和性について言及しており、「我が国に、AI の勃興とともに再び成長の機運が見えており、諸外国の後塵を拝さないよう、今こそ大胆な戦略が必要」であると記録されている*2。
規制のサンドボックス制度: 当制度は、AIやIoTなどの新技術を用いた事業アイデアを、既存の規制にとらわれずに試行できる環境を提供している*3。これにより、革新的なビジネスモデルの実証と、それに基づく規制改革の推進が図られている。
これらの政策は、日本のAI・データサイエンス分野における研究開発と実用化を加速させ、国際競争力を高めることを目指している。
1.2 主要産業におけるAIとデータサイエンスの利用
日本の主要産業では、AIとデータサイエンスの活用が急速に進んでいる。
自動車産業
トヨタ
自動運転技術の開発に注力しており、AIを用いた高度な運転支援システム「Toyota Teammate」を実用化している*4。また、コネクテッドカーからのビッグデータを活用し、交通流の最適化や事故予防にも取り組んでいる。
トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)は、自動運転やロボティクスの基礎研究を行っている*5。
関連会社のウーブン・バイ・トヨタを中心にスマートシティ事業のウーブン・シティ(Woven City)を建設しており、トヨタによる実験都市として活用していく*6。
ホンダ
AI「Honda SENSING」を活用した先進運転支援システムを開発し、衝突軽減ブレーキや車線維持支援システムなどを提供している*7。
自動車生産ラインにおいて、人間とAIロボットが協調して作業を行うシステムの開発を進めている。
スタートアップ - Preferred Networks
自動運転や産業用ロボットの制御に特化した深層学習アルゴリズムを開発している*8。トヨタ自動車と共同で、AIを活用したモビリティサービスの開発に取り組んでいる。
スタートアップ - ZMP
自動運転配送ロボット「CarriRo」を開発し、都市部での最後の1マイル配送の効率化を目指している*9。
ヘルスケア産業
富士通
胸部X線画像から肺がんを高精度で検出するAIシステムを開発し、診断の精度向上と医師の負担軽減に貢献している*10。
理化学研究所と協力しAIを活用して新薬候補化合物の探索を効率化するシステムを開発している*11。
オリンパス
内視鏡画像からAIが病変を自動検出し、医師の診断をサポートするシステムを実用化している*12。
塩野義製薬
臨床試験の解析資料作成を準自動化できる「AI SASプログラマシステム」を独自開発し、事業化している*13。
スタートアップ - Ubie
患者の症状をAIが分析し、可能性のある疾患や適切な診療科を提案するシステムを開発。医療機関の効率化と患者の適切な受診をサポートしている*14。
食品産業
サントリー
需給業務における戦略立案・推進プロセスへのシフトを実現するため、AIを活用して需要予測を行う*15。
金融サービス
みずほフィナンシャルグループ
企業の財務データだけでなく、ニュース記事やSNSの情報もAIで分析し、より精度の高い与信判断を行う*16。
スタートアップ - TRUSTART
不動産ビッグデータを活用したマーケティングソリューション 「R.E.DATA」を提供している*17。
スタートアップ - AlpacaJapan
AIを利用した株価予測エンジンを開発し、投資家向けの情報提供サービスを展開している*18。
製造業
ファナック
AIを活用した予知保全システムを開発し、機械の稼働データを分析して故障を事前に予測することで、生産ラインの停止を最小限に抑える*19。
オムロン
製造現場向けのAI搭載画像処理システムを開発し、製品の品質検査を自動化している*20。
スタートアップ - Cogent Labs
AIを用いた画像認識技術で製造ラインの品質検査を自動化している*21。
これらの事例は、日本の主要産業が大企業、スタートアップともにAIとデータサイエンスを積極的に活用し、生産性の向上や新たな価値創造に取り組んでいることを示している。
1.3 学術機関との連携
主要大学
東京大学
次世代知能科学研究センターでは、AI技術の基礎研究から応用まで幅広くカバーし、産業界との連携を強化している*22。
東京工業大学
学部から大学院まで一貫したデータサイエンスとAI教育プログラムを提供し、産業界との共同研究を推進している*23。
公的研究機関
産業技術総合研究所 (AIST)
大規模なAI研究を推進し、産業競争力の強化と社会の豊かさを実現するための技術開発を行っている*24。
理化学研究所 (RIKEN)
AI技術の科学的ブレークスルーを目指し、社会福祉に貢献するための革新的な技術開発を行っている*25。
1.4 今後の展望と国際的な比較
日本のAIとデータサイエンス分野は、独自の強みと課題を抱えながら発展を続けている。
日本の強み
日本の製造業の強みである高い品質管理と精密技術に、AIやIoTを組み合わせることで、「スマートファクトリー」の実現を目指している。
課題と今後の展望
個人情報保護への高い意識から、データの利活用が制限される傾向にある。政府は、プライバシーを保護しつつデータ活用を促進する法整備を進めている。
国際比較
基礎研究や大規模なAIモデルの開発では米国が先行しているが、日本は製造業やロボティクスとの融合において独自の強みを発揮している。また、日本国民のAIへの忌避感の少なさは他国に比較した際の強みと言える。
国際協力の取り組み
日米間やG7などでAIやデータ流通に関する共通ルールの策定を目指している。
2. キャリア機会
2.1 日本におけるデータサイエンスとAI分野の職種
データサイエンスとAI分野では、多様な職種が存在し、それぞれに専門的なスキルと知識が求められる。以下に主な職種を紹介する。
データサイエンティスト
データの収集、解析、モデリングを行い、データから有益な洞察を引き出す専門家である。
PythonやRなどのプログラミング言語、統計学、機械学習アルゴリズムに精通していることが求められる。
機械学習エンジニア
機械学習モデルの設計、実装、運用を担当するエンジニアである。
TensorFlowやPyTorchなどのフレームワークを使い、モデルの訓練と最適化を行う。
データエンジニア
データのインフラストラクチャを構築し、データの処理と管理を担当する。
データベース管理システム(DBMS)、ETLツール、ビッグデータ技術(Hadoop、Sparkなど)に精通していることが求められる。
AIリサーチャー
新しいAIアルゴリズムや技術を研究開発する役割を担う。
既存の技術を超える新しい方法論、アルゴリズム、AIモデルを開発する。
ディープラーニング、強化学習、自然言語処理、コンピュータビジョンなど、AIのサブフィールドにおける研究が含まれることが多い。
高度な数学、統計学、コンピュータサイエンスの知識、プログラミング言語(Python、C++など)、ライブラリ(NumPy、Pandas、SciPy)、フレームワーク(TensorFlow、PyTorch)の習熟が求められる。
ビジネスアナリスト
データサイエンティストとビジネス部門の橋渡しを行い、データに基づいたビジネス戦略を策定する役割を果たす。
ビジネス知識とデータ解析のスキルが必要である。
2.2 必要なスキル
データサイエンスとAI分野の求人は、近年増加の一途を辿っている。日経クロストレンドの調べによれば、2016年から2021年の5年間で、日本におけるデータサイエンティストの求人数は約7.5倍に増加している。AI分野の急速な発展が始まった2021年以降、求人数はさらに増加している*26。
なお、データサイエンスやAI分野でのエンジニアの要件として、以下のスキルが求められるケースが多い。
プログラミング言語
Python、R、SQL、Java、C++などの言語は必須である。
特に、Pythonは機械学習やデータ解析のライブラリが豊富で、広く使われている。
データ解析ツール
Pandas、NumPy、Matplotlib、Scikit-learnなどのライブラリは、データサイエンスにおいて重要であり、これらのツールを使いこなせることが求められる。
機械学習フレームワーク
TensorFlow、PyTorch、Kerasなどのフレームワークを使って機械学習モデルを構築するスキルが必要である。
ビッグデータ技術
Hadoop、Spark、Kafkaなどのビッグデータ処理技術に精通していることが求められる。
クラウドプラットフォーム
AWS、Google Cloud Platform、Microsoft Azureなどのクラウドサービスを使ったデプロイメントやデータ管理の経験があると有利である。
2.3 Jelper Clubの提供する機会
日本の企業は、市場の拡大しているデータサイエンスとAIの分野にて知見と能力を持つ人材を積極的に求めている。Jelper Clubにおいては多くの企業がそうした分野に関連する「Job」の掲載を行っている。
Jelper Clubでも長期インターンシップを含め、データサイエンスやAIの分野で活躍できる人材の募集を掲載している。
Jelper Clubには、実際にエンジニア等のポジションで活躍している会員が多く登録している。Jelper Club上でそういった会員に対して直接メッセージを送り、社員訪問のアポイントメントを取ることが可能である。
Jelper Clubが開催するSoirée Tokyoなどには、AIやデータサイエンスを取り扱う事業を行う会社経営者や、世界のトップエンジニアとして働くJelper Clubの会員も毎回多く来場する。是非Soirée TokyoなどのJelper Club主催イベントに参加し、Jelper Clubの会員という共通事項を通じて、積極的にコミュニケーションを図ってみてほしい。
まとめ
データサイエンスとAI分野は、現在そして未来の技術革新の中心であり、日本においてもこの分野は急速に発展し続けている。日本政府の積極的な支援と「Society 5.0」というビジョンの下、技術革新と共に進化する社会を目指しており、データサイエンスとAIの分野でのキャリアはその中心に位置している。海外からの学生にとっても、日本のデータサイエンス・AIにおけるキャリアパスは非常に魅力的であると言え、今後もより多くの需要が見込まれている。
Jelper Clubでは今後も積極的に当該分野の求人募集の掲載を行い、魅力的なキャリア機会を提供していく予定である。ぜひ頻繁に「Job Updates」を確認してもらいたい。
また、Jelper Clubでは今後もさまざまな業界・職種を解説する記事もパブリッシュしていく。気になる業界について、積極的に「Feed」にて質問や疑問を発信してほしい。
(執筆・編集:Jelper Club編集チーム)
出典・注記
1. 「Society 5.0」(内閣府):https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
2. 「AI戦略会議」(内閣府):https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/ai_senryaku.html
1. 「Society 5.0」(内閣府):https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
3. 「規制のサンドボックス制度」(内閣官房):https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/regulatorysandbox.html
4. 「トヨタの安全技術」(トヨタ):https://toyota.jp/safety/scene/highway/index4.html
5. 「人工知能研究新会社Toyota Research Institute, Inc.(TRI)の体制および進捗状況を公表」(トヨタ):https://global.toyota/en/detail/10866787
6. 「Toyota Woven City」(Toyota Woven City):https://www.woven-city.global/jpn
7. 「安全運転支援システムHonda SENSING」(Honda):https://www.honda.co.jp/hondasensing/
8. 「Preferred Networks」(Preferred Networks):https://www.preferred.jp/ja/
9. 「無人運転、運ぶのは荷物 スタートアップZMPの転身」(日経新聞):https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2438U0U3A120C2000000/
10. 「東京品川病院様AIで胸部CT画像を解析し新型コロナと闘う医療現場を支援」(Fujitsu):https://www.fujitsu.com/jp/about/resources/case-studies/vision/tokyo-shinagawa-hospital/
11. 「富士通と理化学研究所、独自の生成AIに基づく創薬技術を開発」(Fujitsu):https://pr.fujitsu.com/jp/news/2023/10/10-1.html
12. 「オリンパス、AIを搭載した内視鏡画像診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN-X」を発売」(OLYMPUS):https://www.olympus.co.jp/news/2024/nr02631.html
13. 「塩野義製薬、臨床試験の解析資料作成を人工知能技術で準自動化──独自開発「AI SASプログラマシステム」を事業化」(EnterpriseZine Press):https://enterprisezine.jp/article/detail/17216
14. 「ubie」(ubie):https://ubie.life/
15. 「AI活用による需給改革」(サントリー):https://www.suntory.co.jp/company/digital/innovation/ai.html
16. 「〈みずほ〉が見据える、10年後の金融。生成AIを活用して、業務効率化と新たなイノベーションの実現へ。」(みずほフィナンシャルグループ):https://www.mizuho-fg.co.jp/dx/articles/2312-generative-ai/index.html
17. 「TRUSTART株式会社、不動産ビッグデータの分析レポートを配信開始」(Dsicence):https://dscience.co.jp/archives/12251
18. 「AlpacaJapan」(AlpacaJapan):https://alpaca.markets/jp/index.html
19. 「工作機械の予防保全を支えるソフトウェア AI Servo Monitor」(FANUC):https://www.fanuc.co.jp/ja/product/iot/ai_servomonitor.html
20. 「オムロン、導入が容易な外観検査AI搭載の画像処理システム」(日経XTECH):https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/08284/
21. 「コージェントラボ、独自生成AIであらゆる業種の非定型文書の読み取りを可能に」(PR TIMES):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000051.000027884.html
22. 「About us」(次世代知能科学研究センター):https://www.ai.u-tokyo.ac.jp/ja/
23. 「情報理工学院」(東京工業大学):https://admissions.titech.ac.jp/school/department/organization04
24. 「産総研:産総研について」(産業技術総合研究所):https://www.aist.go.jp/aist_j/information/index.html
25. 「革新知能統合研究センター (AIP)」(RIKEN):https://www.riken.jp/research/labs/aip/
26. 「データサイエンティストの求人数が5年で7倍超に「文系・初学者」でも即戦力を実現するオンラインスクールがリリース)」(PressWalker):https://presswalker.jp/press/21461
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