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日本の宇宙産業とキャリア:世界市場における立ち位置と海外人材の可能性


宇宙

1. 日本の宇宙産業の国際的な位置づけ


1.1 世界の宇宙産業市場と日本の立ち位置


近年、世界の宇宙産業は急速に成長しており、市場規模は2021年時点で4,690億ドル(約64兆円)に達している*1。官民を問わず新規参入が相次ぎ、この拡大傾向は今後も続くと見られている。2030年代には年間1兆ドル(約100兆円)規模に達するとの予測もあり、宇宙産業は次世代の成長分野として注目されている*2


一方、日本の宇宙産業の市場規模は2022年時点で約1.2兆円と推計されており、世界全体に占める割合は決して大きくない*3。しかし、日本の宇宙産業は独自の強みと高度な技術力を有し、国際的にも高い評価を得ている。日本政府は「宇宙産業ビジョン2030」や宇宙基本計画において、2030年代初頭までに市場規模を倍増(約2.4兆円)させる目標を掲げている。この倍増目標は、今後10年間で宇宙分野を成長産業として拡大させる強い意志の表れである。


本稿では、世界トップ大学の学生に向けて、日本の宇宙産業の現状とその魅力、そしてキャリアパスを、米国・欧州・中国などの主要国との比較を交えながら解説する。



1.2 主要国との比較


1.2.1 米国

米国は世界の宇宙市場の約40%を占める最大の宇宙大国である*4。NASAが主導する一方、SpaceXやBlue Origin、ロッキード・マーティンといった民間企業が宇宙開発を牽引しており、商業宇宙分野が著しく発展している。特にSpaceXは、ロケットの再利用技術を確立し、打ち上げコストの劇的な削減に成功した。この技術革新は宇宙産業全体に大きな影響を与えており、米国の優位性をさらに強固なものとしている。


1.2.2 欧州

欧州は欧州宇宙機関(ESA)を中心に、複数の国が協力して宇宙開発を進めている*5。衛星通信、地球観測、宇宙探査の分野で強みを持ち、特にガリレオ衛星測位システムやアリアン・ロケットシリーズの開発実績が豊富である。また、欧州は商業宇宙市場の成長に対応するとともに、持続可能な宇宙開発にも注力しており、環境負荷の低減や宇宙ゴミ(スペースデブリ)対策にも積極的に取り組んでいる。


1.2.3 中国

中国は国家主導で巨額の投資を行い、近年急速に宇宙開発を進めている。月探査計画「嫦娥」や火星探査「天問」、独自の宇宙ステーション「天宮」など、大規模なプロジェクトを次々と成功させている。2022年には世界全体で記録された178回のロケット打ち上げのうち、中国が約60回を占めており、その存在感はますます増している*5


1.3 日本の宇宙産業の強みと課題


1.3.1 日本の強み

日本の宇宙産業の強みは、高い技術力と信頼性にある。国際的な評価では「資金や人員の規模では主要国に及ばないものの、欧州と並んで総合力が高い」とされており、限られた予算の中で優れた技術開発を行う日本の底力が認められている*5


特に、精密な人工衛星技術や宇宙探査技術においては世界トップレベルにある。小惑星探査機「はやぶさ」シリーズは、世界で初めて小惑星のサンプルリターンに成功し、日本の技術力を国際的に証明した。また、日本は超小型衛星の分野でも先駆的な存在であり、2003年には世界で初めてキューブサット(超小型衛星)の打ち上げに成功している*6


さらに、日本の地理的条件も宇宙産業における強みの一つである。日本は東側に広大な太平洋が広がっており、ロケットの打ち上げに適した環境を持つ。特に、種子島宇宙センターなどの打ち上げ施設は、ロケットを東方向へ飛行させやすく、落下物のリスクを最小限に抑えられる点で優れている。これにより、安全性と効率を確保しつつ、打ち上げ頻度を高めることが可能となり、日本の宇宙開発の競争力を支える要因となっている。


1.3.2 日本の課題

日本の宇宙産業における最大の課題は、官需依存の強さである。現在、市場の約90%がJAXAなどの政府機関からの受注に依存しており、米国のように民間主導のプロジェクトやベンチャー資金の流入が活発でない点が問題視されている。


しかし、日本政府もこの課題を認識しており、2008年に宇宙基本法を制定、2017年には宇宙産業ビジョン2030を策定し、民間企業の参入促進や海外市場への展開を推進している*6。こうした取り組みが実を結べば、日本の宇宙産業はさらに発展し、より多様なプレイヤーが活躍する市場へと成長していく可能性が高い。



2. 日本の宇宙産業における国際的なキャリアパス


​日本の宇宙産業は、国際協力を基盤として発展しており、海外の大学生にとっても多くのキャリアパスが存在する。以下に、その具体的な道筋を示す。​


2.1 国際協力の枠組みに由来したキャリア機会


日本の宇宙機関であるJAXAは、NASA(米国航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)と長年にわたり緊密な協力関係を築いてきた。その代表例が国際宇宙ステーション(ISS)計画である。日本はこの計画において、実験棟「きぼう」の運用や補給機HTVの打ち上げを成功させるなど、重要な役割を担ってきた。


近年では、NASA主導のアルテミス計画(月面探査計画)に正式参加し、月周回有人基地「ゲートウェイ」への物資補給機(HTV-X)の提供を約束している。さらに、将来のアルテミスミッションでは、日本人宇宙飛行士の月探査参加も予定されており、これは日本人が史上初めて地球低軌道を超える歴史的な機会となる。


日本と欧州の協力関係も深まりを見せており、例えば水星探査機「ベピコロンボ」はJAXAとESAの共同開発によるものである。このような国際共同プロジェクトに日本の技術者・研究者として参画すれば、海外の宇宙機関や企業と日常的に協働することになる。その経験は、国際的な視野を養うとともに、世界の宇宙コミュニティにおけるネットワーク構築にもつながる。


2.2 国際プロジェクトへの参画機会


日本の宇宙産業で働くことで、若手のうちから国際プロジェクトの最前線に立つ機会を得ることができる。例えば、ISS関連ではNASAやESAのエンジニアと共同でシステム開発を行うほか、各国の管制官との運用調整会議に参加する場面も多い。


衛星開発の分野では、海外のクライアント向けに衛星を製造するケースが増えており、欧州やアジアの顧客と直接やり取りしながらプロジェクトを進める機会がある。さらに、スタートアップ企業においては、海外の宇宙ビジネスコンテストへの挑戦や、海外ベンチャー企業との連携によるサービス展開が活発化している。


このような活動を通じ、「宇宙」という共通言語のもとで国籍の異なるプロフェッショナルと協働するスキルが身につく。また、日本がホストを務める国際会議やワークショップ(例:毎年開催されるアジア太平洋地域宇宙機関会議〈APRSAF〉)に参加し、自ら研究成果を発表する機会もある。世界トップクラスの大学で培った語学力やプレゼンテーション能力を活かし、国際舞台で存在感を示すことが可能である。


2.3 日本での経験から世界へ


日本の宇宙産業で培った経験は、将来グローバルに活躍するための貴重な財産となる。JAXAのミッションで培った技術力は国際的にも高く評価されており、欧米の企業へ転職するケースや、日本で築いた人脈を活かして海外の宇宙ベンチャーの創業メンバーとして招かれる例もある。


また、日本企業の中には、社員の海外留学や他国の宇宙機関への派遣研修を奨励する企業も存在する。在籍中に海外の大学で博士号を取得したり、NASAで客員研究員として滞在する道が開かれることもある。実際、日本で経験を積んだ技術者・研究者がNASAやESAでポストを得て活躍する事例も少なくない。


さらに、一度母国に帰国した後も、日本との共同プロジェクトに関わることで、国際共同ミッションの中心メンバーとなる道が開ける。宇宙開発は国際協力が不可欠な分野であり、日本で築いたキャリアとネットワークは、グローバルなキャリア形成の大きな強みとなる。



3. 宇宙産業の求人市場と求められるスキル


3.1 世界の宇宙産業の求人市場


宇宙産業の求人市場は、国や地域によって大きく異なる動きを見せている。


米国では、宇宙分野における人材需要が供給を上回り、人材不足が深刻化している*7。特に、航空宇宙工学者やデータサイエンティストの確保が喫緊の課題となっている。SpaceXやAmazonの「プロジェクトKuiper」などは、伝統的な航空宇宙企業から積極的に人材を引き抜いており、宇宙産業全体で高度人材の争奪戦が激化している。しかし、トランプ政権下でのNASA予算の削減など、米国の宇宙産業に対する政策の変化は、今後の求人状況に大きな影響を与える可能性が高い*8


一方、欧州ではスタートアップの増加により、宇宙産業の求人市場が活性化している。ESAと民間企業の連携による求人が増加し、宇宙データ解析や人工知能を活用したプロジェクトの拡大が進んでいる*9


また、中国の宇宙産業は基本的に国内人材で賄われており、海外人材の参入機会は限られている。しかし、特定の技術分野では外国人専門家を積極的に招聘する動きも見られる。


3.2 日本における宇宙産業の求人例


日本の宇宙産業では、大手企業からスタートアップまで、多岐にわたる求人が存在している。以下に、具体的な企業とその求人情報を示す。


3.2.1 大手企業

  • 三菱重工業:三菱重工業は、航空・宇宙分野におけるエンジニアリングとものづくりのリーダーとして、ロケット開発などを手掛けている。同社では、航空・宇宙分野における複数のポジションで募集を行っている*10

    • 職種例:ロケットエンジン開発、推進系技術者、システム設計

  • 日本電気(NEC):NECは、人工衛星や宇宙関連システムの開発に注力している。同社では、人工衛星・ロケット等宇宙開発事業における生産技術職を募集しており、機械工学や材料工学の知識が求められる*10

    • 職種例:衛星システムエンジニア、データ解析、組み込みソフトウェア開発


3.2.2 スタートアップ企業

  • ispace:ispaceは、月面の水資源開発を目指す宇宙スタートアップ企業である。2025年2月には、民間による月面探査ミッションを実施し、将来的な人類の月面活動の基盤を築くことを目指している*11

    • 職種例:ローバー制御ソフトウェア開発、ナビゲーションシステム設計、宇宙ミッションプランナー

  • インターステラテクノロジズ(IST):ISTは、民間による宇宙開発を推進する企業であり、小型ロケットの開発を行っている。2025年1月には、トヨタ自動車の研究部門であるWoven by Toyotaから約70億円の投資を受け、大量生産体制の構築を進めている*12

    • 職種例:ロケット推進エンジニア、構造設計、電子機器開発

  • アークエッジ・スペース:アークエッジ・スペースは、超小型人工衛星の開発を手掛けるスタートアップである。同社は、地球規模の課題解決に向けたソリューションを提供しており、宇宙ビジネス業界で注目されている*13

    • 職種例:衛星システムエンジニア、ソフトウェア開発者


3.3 宇宙産業で求められるスキル


宇宙産業は近年急速に拡大しており、多様な職種で人材が求められている。ここでは、主要な職種ごとに必要なスキルを紹介する。


3.3.1. 技術職

  • ハードウェアエンジニア:人工衛星やロケットの構造設計、熱設計、解析などを担当する。機械工学や材料工学の知識が必要で、家電や自動車業界のエンジニア経験も活かせる。人工衛星の通信にはRF(高周波)技術が不可欠なため、無線技術の知識も重要だ*14。 

  • ソフトウェアエンジニア:宇宙機のナビゲーション、制御、通信システムのソフトウェアを開発する。プログラミングスキルに加え、システム工学やサイバーセキュリティの知識が求められる。衛星データの増加に伴い、機械学習エンジニアやデータサイエンティストの需要も高まっている。 ​

  • 品質保証スペシャリスト:宇宙機器は一度打ち上げたら修理が難しいため、品質保証の役割が極めて重要だ。設計段階から品質管理に関与し、機械工学や材料工学の知識を活かして信頼性を確保する*15


3.3.2. ビジネス職

  • プロジェクトマネージャー:宇宙開発プロジェクトを円滑に進めるために、計画立案、進捗管理、リスクマネジメントを担当する。技術的な理解に加え、チームをまとめる調整力やリーダーシップが求められる。 ​

  • 営業・企画職:宇宙関連の製品やサービスの市場開拓や販売戦略の立案を行う。宇宙産業の特性を理解し、クライアントのニーズに合わせた提案力やマーケティングスキルが必要となる。


3.3.3. 研究職

  • 研究者:宇宙物理学、天文学、惑星科学などの分野で新たな知見を追求する。博士号レベルの専門知識と研究経験が求められ、国際的な共同研究や論文発表を通じて最新の研究動向を把握する能力が必要だ。


3.3.4. 日本独自の求められるスキル

  • 日本語による技術文書の作成・読解力:海外向け案件でも、契約書・技術指示書の多くが日本語ベースで作成されるため、英語と日本語の両方で技術文書を理解し、対応できる能力が求められる。

  • 官公庁向けプロジェクト対応能力:JAXAや防衛関連機関との協働が多いため、官公庁向けのプロジェクト管理や契約に関する知識が重要。

  • 高い品質管理能力:日本の宇宙機器は高信頼性が求められ、厳格な品質基準を満たすことが重要。

  • 国際協力対応能力:日本は欧州や米国と協力することが多いため、多国間のプロジェクトマネジメントスキルが求められる。


3.3.5. 求められる共通スキル

宇宙産業では、技術職、ビジネス職、研究職を問わず、以下の共通スキルが重要視される。​


  • 英語力: 国際的なプロジェクトが多いため、英語でのコミュニケーション能力は必須である。

  • プロジェクトマネジメント能力: 複雑なプロジェクトを計画・実行し、チームを効果的に導くスキルが求められる。 ​

  • 問題解決能力: 未知の課題に直面することが多いため、柔軟な思考と創造力が重要である。



4. まとめ


日本の宇宙産業は、技術力と国際協力を強みとし、今後さらなる成長が期待される分野である。市場規模はまだ小さいものの、政府の支援のもと、2030年代には倍増が見込まれている。特に、民間企業の参入促進が重要な課題となっている。


世界の宇宙産業と比較すると、日本は官需依存が強く、民間企業やベンチャーの発展が遅れている点が指摘されている。しかし、小惑星探査技術や超小型衛星技術においては世界的に高い評価を受けており、今後はこれらの強みを活かした市場拡大が期待される。


宇宙産業における人材需要は世界的に増加しており、特に技術職ではエンジニアリング、AI・データサイエンス、サイバーセキュリティ、品質保証などのスキルが求められている。また、プロジェクトマネジメント、宇宙法、国際協定に精通したビジネス人材の必要性も高まっている。海外の大学生にとっても、日本の宇宙産業はグローバルキャリアの足がかりとなる魅力的な選択肢である。


日本の宇宙産業は、国際プロジェクトへの参画を通じて海外の宇宙機関や企業との協力を深めており、若手でも早い段階から国際的な業務に関与できる環境が整いつつある。ISS計画、アルテミス計画、水星探査「ベピコロンボ」など、日本は欧米の宇宙機関と連携し、多国間プロジェクトを推進している。

日本でのキャリアは、国際的な舞台で活躍するための重要なステップとなる。JAXAや国内企業で経験を積んだ後、欧米の宇宙産業へ転職する者や、日本で築いたネットワークを活かして海外の宇宙ベンチャーと協働するケースも増えている。また、日本の宇宙企業自体が海外拠点を設け、グローバル展開を進める中で、外国籍人材の受け入れにも積極的になっている。


今後、日本の宇宙産業が持続的に成長するためには、海外の優秀な人材の活用が不可欠であり、外国人にとっても活躍の場は広がっている。日本の宇宙産業に興味を持つ海外の学生にとって、本記事がキャリアの選択肢を検討する一助となることを願う。



出典・注記


1.「勢い加速する日本の宇宙ビジネス」(世界経済フォーラム):https://jp.weforum.org/stories/2023/06/i-suru-no-bijinesu/

2.「宇宙ビジネスで外国人を雇用する方法について|技術人文知識国際業務|就労ビザ」(就労ビザ東京ドットコム):https://tokyo-visa35.com/question/post-2401/

3.「未来への一歩、スタートアップが切り開く宇宙産業の新たな地平」(KEPPLE):https://kepple.co.jp/articles/jmj39lvuc7d

4.「State of the Satellite Industry Report」(SIA):https://sia.org/news-resources/state-of-the-satellite-industry-report/

5.「国別宇宙技術力比較」(中国の科学技術):https://china-science.com/space/comparison/

6.「宇宙ビジネスの現在地と今後|市場規模や課題、日本の注目企業を紹介」(Note):https://note.com/nec_iise/n/n2acc7e64147a

7.「米国におけるテック人材に関する動向」(JETRO):https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/8c9fff0ac94afd76/201807.pdf?utm_source=chatgpt.com

8.「NASA、1000人以上が解雇を免れるも先行きは不透明–トランプ政権で進む職員解雇」(Uchubiz):https://uchubiz.com/article/new58308/

9.「siryou1-2.pdf」(経済産業省):https://www.works-i.com/works/item/w128_toku1.pdf

10.「宇宙ビジネス、140兆円市場に拡大へ。重工業メーカーも次世代人材を募集」(AMBI):https://en-ambi.com/featured/1451/

11.「Why 3 Private Space Missions Are on Their Way to the Moon Right Now」(Business Insider):https://www.businessinsider.com/private-space-missions-flying-to-moon-2025-2?international=true&r=US&IR=T

12.「Toyota backs Japanese space startup Interstellar to mass-produce rockets」(Reuters):https://www.reuters.com/business/autos-transportation/toyotas-autonomous-driving-unit-invest-hokkaido-based-space-infrastructure-firm-2025-01-06/

13.「【2024年版】宇宙ビジネス業界マップ ~宇宙産業の求人動向とキャリアガイド~」(35ish):https://talisman-corporation.com/media/2024/10/08/spacetech-industrymap-careerguide/

14.「宙畑」(宙畑):https://sorabatake.jp/en/top/

15.「Specialized in your field」(progressive):https://www.progressiverecruitment.com/nl-nl/



(執筆・編集:Jelper Club編集チーム)


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