top of page

日本企業における修士・博士号保持者の可能性:グローバル視点と専門知識が求められる時代



修士・博士号保持者

1. 日本企業における修士・博士号保持者の評価再定義


1.1 背景


日本企業では長年、修士・博士課程よりも学士卒が優遇される傾向が続いてきた。その理由は、年齢による昇進の遅れや、専門性の高さが「実務に必要以上のスキル」と見なされてきたことに起因している。しかし近年、技術革新やグローバル化が進む中で、高度な専門知識を持つ人材への需要が急速に高まっている。この変化は、日本企業における修士・博士課程出身者の評価を再定義するきっかけとなった。一方で、日本国内で修士・博士課程在籍者の数は減少傾向にあり、日本の大学院修士課程の入学者数は2010年度(82,310人)をピークに減少に転じ2022年度には75,749人にまで減少した*1。また、博士課程の入学者数も2003年度をピークに長期的に減少傾向にある。このため、企業側の需要と専門性の高い学生の供給のギャップが生まれている。実際、経団連は2024年2月に「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」を発表し、修士・博士課程修了者の重要性と育成の難しさについて言及している*2。そこで日本企業はこの需要と供給のギャップを埋めるため、近年海外の大学に目を向け始めている。本記事では、海外大学の修士・博士課程を修了した学生における日本でのキャリア機会について解説する。


1.2 日本と他国での修士・博士号保持者の位置づけ比較


修士・博士課程の評価基準や役割は、国や地域によって大きく異なる。例えば、欧米諸国では、修士号や博士号は専門職や研究職に進むための最低条件とされる場合が多く、特に高度な技術や戦略的思考が求められる分野では必須の資格である。企業の採用活動においても、修士・博士課程の学位保持者は即戦力として期待されることが一般的である。例えば、米国のハイテク企業やヨーロッパの研究機関では、博士課程修了者がリーダーシップを発揮し、新たな技術や市場を牽引する役割を担っている。また、韓国や中国などアジア諸国においても、既に修士・博士号が労働市場での競争力を高める重要な資格として認識されている*3,4,5。中国ではグローバル企業や政府関連機関を中心に博士号保持者の採用が急増している。韓国では、修士・博士課程の専門性を活かした研究開発や政策立案での活躍が一般的である。


これに対して、日本では長らく「新卒一括採用」と「年功序列」が主流の採用文化が形成されており、学士卒の学生を一括で採用し、入社後にじっくりと時間をかけて育成することが重視されてきた。そのため、修士・博士課程出身者は、以下のような理由で敬遠される傾向があった。


  • 年齢差:学士卒と比較して数年年齢が高く、同期採用者の中で昇進スピードが遅れる懸念。

  • 専門性の過剰認識: 特定分野に特化しすぎており、企業が求める幅広い業務適応能力を欠いていると見なされること。

  • 採用プロセスの不一致:修士・博士課程のスケジュールが、日本の新卒一括採用のスケジュールに適合しない場合がある。


しかし、先述の通りここ数年でこの状況に変化が生じている。グローバル化や技術革新の波に対応するため、日本企業はより専門性の高い人材を必要とするようになった。特にAIやバイオテクノロジー、データサイエンスなどの分野では、修士・博士号を持つ人材が多国籍なチームを率いて研究開発を進めるケースが増加している。また、国際展開を加速する企業においては、修士・博士課程で得た高度な専門性や多文化適応能力が競争力を強化する要素と見なされている。


これらの背景を踏まえると、日本企業が修士・博士課程出身者の採用を強化し始めている現在の動きは、グローバルな採用基準との調和を図る一環とも言えるだろう。海外大学大学院の学生にとって、この変化は自分の学位を活かして日本で活躍する絶好の機会であるといえる。


1.3 専門性を求める産業構造の変化


日本では、デジタル化や技術革新が急速に進む中で、企業が必要とする人材像にも大きな変化が生じている。特に、以下の産業分野では修士・博士課程の高度な専門性が強く求められるようになった:


  • AI・データサイエンス:2023年の経済産業省の報告によると、日本ではデータサイエンティストやAIエンジニアが年間約30万人不足していると推定されている。この不足を補うために、修士・博士課程で統計学や機械学習を専攻した人材が積極的に採用されている。例えば、ソフトバンクやソニー、楽天などの日本企業では、修士・博士課程出身者がリードするAIプロジェクトが進行中である*6,7,8,9

  • ライフサイエンス・バイオテクノロジー:高齢化が進む日本では、医薬品や医療機器の開発において高度な研究が必要とされている。塩野義製薬や武田薬品、アステラス製薬といった大手製薬企業は、修士・博士課程で分子生物学や薬学を学んだ人材を積極的に採用し、新薬の開発や臨床試験においてその専門知識を活用している。また、再生医療や遺伝子編集といった先端分野でも、博士課程修了者がリーダーとして活躍している。

  • グリーンエネルギーと持続可能性:再生可能エネルギー技術は、SDGs(持続可能な開発目標)達成に向けた重要なテーマである。例えば、三菱重工は、博士課程修了者が中心となり、水素エネルギーの研究開発プロジェクトを進めている*10。このように、高度な専門性を持つ人材が、地球規模の課題解決に貢献するプロジェクトを牽引している。


これらの産業構造の変化は、日本企業が修士・博士課程出身者を積極的に採用する土壌を作り出しており、従来の採用基準を大きく変える要因となっている。また、修士・博士課程の専門性を活かせる職種が研究開発に限らず多様な分野に広がっていることも、学生が選べるキャリアパスの幅を大きく広げている。


1.4 学術界と産業界の連携の強化


修士・博士課程出身学生の日本企業における活躍の機会が広がっている背景には、学術界と産業界の連携が進展していることも要因として挙げられる。この連携は特に以下の3点で進展している:


  • 共同研究プロジェクトの増加例えば、東京大学とトヨタが進める自動運転技術の研究開発プロジェクトでは、博士課程修了者が主導的な役割を果たしている。これにより、企業と大学が協力して革新的な技術を生み出す流れが強まっている。

  • 企業主導の奨学金プログラム三井化学や住友電工など、一部の企業では博士課程の学生に奨学金を提供し、卒業後の採用を視野に入れた育成型採用を行っている。

  • インターンシップ制度の拡充博士課程の学生が実務を経験する機会として、インターンシップ制度の充実が図られている。これにより、学生は実務環境に適応する能力を養い、企業側も学生のスキルを直接確認することができる。


このように、日本企業における修士・博士課程の評価は急速に変化しており、外国人学生にとっても新たなキャリアの可能性が広がっている。今後、専門性とグローバルな視点を併せ持つ人材がさらに重要視されることは間違いない。



2. 修士・博士課程が求められる業界・職種


2.1 技術系(R&D、AI、バイオテクノロジーなど)


近年、日本企業が特に求める修士・博士課程修了者は、技術系分野においてその専門性を発揮できる人材である。特に、以下の分野では修士・博士課程が必須の資格となっている:


  • 研究開発(R&D):製造業や技術系企業における研究開発部門では、修士・博士課程修了者が中心となって新製品の開発や技術革新を担っている。例えば、トヨタ自動車では、電気自動車(EV)や自動運転技術の開発において、博士課程を修了したエンジニアがリーダーシップを発揮している。日本の製造業は、高度な専門知識が求められる分野で競争力を維持しており、修士・博士課程出身者は、その知識とスキルで重要な貢献をしている。

  • AIおよび機械学習:日本国内でのAI技術の普及に伴い、AIエンジニアやデータサイエンティストの需要が急速に高まっている。AI分野では、修士・博士課程で得た深い理論的知識やアルゴリズム設計能力が不可欠とされ、特にソフトバンクや楽天、NECなどの企業では、AI研究開発をリードする人材として修士・博士課程出身者が多く採用されている。

  • バイオテクノロジー:医薬品の研究開発や遺伝子編集技術の進展により、バイオテクノロジー分野では修士・博士課程修了者が求められている。塩野義製薬やアステラス製薬、武田薬品などの製薬企業では、修士・博士課程出身者が臨床試験や新薬開発に従事しており、その専門知識が企業の競争力を支えている。


2.2 コンサルティングや分析業務


修士・博士課程修了者は、技術系分野だけでなく、コンサルティングや戦略立案を担当する業界でも強く求められている。以下の職種では、特に分析能力や問題解決能力が重視され、修士・博士課程で培った深い知識が活かされる場面が多い:


  • 戦略コンサルタント:修士・博士課程修了者は、複雑な課題に対する深い洞察力と分析力を活かして、経営戦略を提案する役割を担っている。特に、ベインやマッキンゼー、YCP Solidianceなどの戦略コンサルティングファームでは、経済学や経営学、さらにはデータ解析に強みを持つ修士・博士課程修了者が求められている。これらの企業では、修士・博士課程出身者が複雑なビジネス課題に対する独自の解決策を提供し、高い評価を受けている。

  • データ分析職(データサイエンティスト、アナリスト):金融業界やIT業界では、膨大なデータを解析してビジネスの意思決定を支援するデータアナリストやデータサイエンティストの需要が高まっている。修士・博士課程修了者は、統計学や数学、プログラミングスキルに基づいた高い分析力を持っており、特に金融業界や製造業で活躍している。

  • リスク管理と金融分析:金融業界では、リスク管理や市場動向分析を担当する人材が常に求められている。修士・博士課程修了者は、金融工学や統計学の専門知識を活かしてリスク予測モデルを構築する役割を担い、特に外資系金融機関では、リスク管理やポートフォリオ分析を行うチームに修士・博士課程出身者が多く採用されている。


2.3 グローバル事業への貢献


修士・博士課程を修了した外国人学生にとって、日本企業のグローバル展開における役割は非常に重要である。特に、以下のような職種で、国際的な視点と専門性を活かした貢献が期待されている:


  • 海外事業開発:日本企業が海外市場に進出する際、現地の市場理解や文化的な橋渡しが求められる。海外の大学で修士・博士課程を修了した学生は、特にアジアや欧米市場の深い知識を持ち、現地の事業開発やマーケティング戦略において重要な役割を果たすことが期待される。例えば、パナソニックや日立製作所などの大手企業では、海外事業部門で修士・博士課程出身者がプロジェクトマネジメントや現地パートナーとの調整を担当している。

  • 国際的な研究開発(R&D):グローバル企業では、研究開発部門が世界各地に分散しており、修士・博士課程修了者が国際的な研究プロジェクトを牽引することが多い。例えば、ソニーや富士フィルム、トヨタなどの大手メーカー企業では、世界中の研究者と協力しながら新技術の開発を行い、修士・博士課程修了者がその中心となっている。


このように、修士・博士課程修了者は、技術系分野にとどまらず、コンサルティング、データ分析、国際事業など多岐にわたる職種で活躍することができる。日本企業は今後、これらの分野で専門性と国際的な視点を併せ持つ人材をさらに積極的に募集している。



3. 修士・博士課程学生が日本で成功するための戦略


3.1 専門性をアピールする方法


修士・博士課程出身者が日本企業で成功するためには、専門性をいかに効果的にアピールするかが重要である。日本の企業文化では、一般的に「学歴」や「スキル」だけでなく、それらをどのように実務に活かすかが求められる。以下のポイントに注意することで、自分の専門知識を強調することができる:


  • 業界の課題と自分の研究内容の関連性を示す:自分の研究が、応募する業界や企業が抱える課題にどのように貢献するかを具体的に説明する。例えば、AI技術を専攻している場合、それがどのように企業の業務効率化や新しい製品の開発に貢献できるかを明確に伝えることが重要である。

  • プロジェクト経験を強調する:研究だけでなく、大学で行ったプロジェクトやインターンシップの経験をもとに、実際の業務でどのように課題解決を行ったのかを説明する。修士・博士課程で得た高度な問題解決能力や分析スキルが、企業でどのように役立つかを伝えることが効果的である。

  • 学外活動やネットワーキングをアピール:学外での活動やネットワーキング経験も大きなアピールポイントである。学会発表や国際的な共同研究、学外でのインターンシップなど、専門性を活かしてどれだけ業界と接点を持っているかを示すことが有利に働く。


3.2 日本独特の採用プロセスへの対応


日本の採用プロセスは独特であり、特に「新卒一括採用」という特徴がある。しかし、修士・博士課程出身者にとっては、このシステムに適応するための戦略が必要である。各業界における採用プロセスの特徴と対応すべきポイントを押さえ、十分な準備を行うことが求められる。Jelper Clubが公開している記事で、各業界の選考プロセスを確認することを推奨する。




3.3 ネットワーキングと情報収集


修士・博士課程出身者が日本で就職活動を行う際、ネットワーキングや情報収集は非常に重要である。特に、外国人学生として日本の就職市場に適応するためには、次のようなアクションが役立つ:


  • 業界研究:詳しくは「未来への一歩:選考通過率を高める業界研究戦略を参照。

  • OB・OG訪問の活用:詳しくは「日本就職の鍵:OB訪問で差をつける戦略ガイド」を参照。

  • イベントやセミナーに参加する:業界ごとのキャリアイベントや企業説明会に参加することで、最新の業界トレンドや企業の取り組みを学ぶことができる。これらのイベントでは、業界の専門家や企業の代表者が登壇し、最新情報や将来の展望を共有する機会を提供する。さらに、ネットワーキングイベントへの参加を通じて、同業者や業界のプロフェッショナルと直接交流することができる。例えば、Jelper Clubが開催するSoirée Tokyoには、各業界で活躍する社会人会員が毎回多数来場する。是非Soirée TokyoなどのJelper Club主催イベントに参加し、Jelper Clubの会員という共通事項を通じて、積極的にコミュニケーションを図ってみてほしい。



4. まとめ


修士・博士課程修了者は、日本企業にとって今後の成長を支える重要な人材であると、多くの企業が認識し始めている。近年、企業は修士・博士課程修了者に対する需要を急速に高めており、特にグローバル化や技術革新の進展に伴い、企業は高度な専門知識と国際的な視点を持つ人材を積極的に採用し、競争力の強化を目指している。特にAI、データサイエンス、バイオテクノロジー、グリーンエネルギーなどの先端技術分野では、修士・博士課程修了者の専門性が企業にとって欠かせない資源となり、研究開発や国際事業の推進において重要な役割を果たしている。


さらに、日本の採用プロセスの変化により、修士・博士課程修了者が活躍する場も広がり、専門知識や多文化適応能力は、日本の産業界に新たな価値を生み出す要素となっている。企業側は、修士・博士課程修了者に対して柔軟で国際的な視点を持つ人材を求めるようになり、結果として海外大学出身の修士・博士課程修了者にとっての日本でのキャリア形成の機会を増加させている。


海外大学卒業の修士・博士課程修了者にとって、日本企業でキャリアを築くことは大きなチャンスとなる。専門性を活かしたキャリアアップの道が広がり、グローバルな視点と高度な専門知識を活用して企業の成長に貢献することができる環境が整いつつある。日本企業でのキャリア形成を目指す修士・博士課程修了者は、業界研究やネットワーキングを通じて日本の企業文化を理解し、積極的に自分の専門知識をアピールすることが重要である。


Jelper Clubは今後も、多様な背景を持つ人々が日本でキャリアを築くためのサポートを強化していく予定である。日本の就職活動や日本でのキャリアに関する疑問があれば、積極的に「Thread」で発信していただきたい。


出典・注記


1.「2.高等教育と科学技術人材から見る日本と主要国の状況」(科学技術・学術政策研究所):https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2022/RM318_04.html

2.「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」(経団連):https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/014_honbun.pdf

3.「「千人計画」」(Science Portal China):https://spc.jst.go.jp/policy/talent_policy/callingback/callingback_05.html

5.「韓国の科学技術人材育成・確保に関する調査」(アジア・太平洋総合研究センター):https://spap.jst.go.jp/investigation/downloads/2022_rr_05.pdf

6.「AIを活用したセンシング技術で地球を見守り、未来へつなぐ — 松浦賢太朗」(東京科学大学):https://www.titech.ac.jp/public-relations/prospective-students/first-step/career-design-matsuura

7.「AIで幸せ追求、物理学者から転身した楽天CDOの夢」(日本経済新聞):https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41458270Z10C19A2000000/

8.「楽天モバイルとドイツ・ミュンヘン工科大学、ネットワーク検証へのデジタルツイン活用に関する共同研究を開始」(Rakuten):https://corp.mobile.rakuten.co.jp/news/press/2022/0420_01/

9.「入社して2年、日本発のAI研究で世界へ。世界最高峰の国際会議「ACL」で論文採択」(SoftBank News):https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20240918_01

10.「水素発電で、サステナブルな未来を実現する。」(三菱重工):https://power.mhi.com/jp/special/hydrogen


(執筆・編集:Jelper Club編集チーム)


Comments


bottom of page